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【インタビュー】ピレリ・モータースポーツの父に聞く!

頂いた名刺には「テオドーロ・メイヤー(Theodoro R.Mayer)」というお名前と、「フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティ・チャンピオンシップ、モータースポーツ・アクティビティ レーシング・マネージャー」という肩書が書かれている。つまりはF1以外のピレリ・モータースポーツ ワンメイクレース部門におけるボス、ということだ。そんなピレリ・タイヤ社のメイヤー氏に、先日富士スピードウェイで行なわれた、「フェラーリ・レーシング・デイズ」の会場でお話を伺うことができた。

1993年にピレリに入社したメイヤー氏。それまではアイスホッケーやスキーに関する仕事に携わっていたという。例えばスキーではレーシング・スキーの開発に携わるなど現在に至るまで、「常にレーシングな環境にあった」そう。では現在、具体的にはどんな仕事をされているのだろうか?

メイヤー氏「ピレリ・タイヤチームのオーガナイゼーション、ロジスティックス、マーケティングからPRまで、全てのとりまとめですね(笑)。F1を除く全世界のモータースポーツを担当しています。最初はフェラーリ・チャレンジのイタリア国内レースから始まり、それが段々とワールドワイドに広がっていきました。その後、マセラティとランボルギーニのワンメイクも加わり、WRCにも携わっています。
そんな中でも一番大切な仕事は、レーシングカー用タイヤの開発です。シーズンの1年前からメーカーと一緒に開発、改善していきます。例えば4月に開発がスタートし、10月には完成。翌シーズンに向けデリバリーしていくイメージです」

――最近の仕事で最もチャレンジングだったことは何でしょうか?

メイヤー氏「やはり2011年のフェラーリ・チャレンジのアジア進出ですね。文化、言葉、組織、メンタリティが全く異なりますし、そこに入り込むことは大変なことでした」

以前、別のメイクスのアジア担当者に聞いたのは、まず陸続きの欧州に比べて、移動自体に手間がかかること。そしてそれぞれの国における環境の違いが、欧州とは比べものにならないことなど、苦労が絶えない様子だった。そしてその担当者もメイヤー氏もそうは言わないが、モータースポーツ後進国のエントラントも多く、大なり小なり問題も起きていると聞く。さて、担当範囲があまりに広いので、今回はテーマをフェラーリ・チャレンジに的を絞ることとした。

メイヤー氏「例えば、今回で2度目となる富士スピードウェイ、エントリーは23台となりますが、約1000本のタイヤをコンテナ2個で持ち込んでいます。もちろんドライ、ウェット両方です。金曜日のフリープラクティスで1台につき2~3セット、土曜日、日曜日の予選で1セット、決勝で1セット使用します(注:土曜日、日曜日それぞれ1日で予選&決勝を行なう2レース形式)。
ワンメイクなので、コンパウンドは1種類です。気温は10度から45度まで対応できるもので、路面温度も幅広く対応する、最も硬い『ドライハード』のスリックタイヤとなります。アジアだけでなく、欧州、北米もイコールコンディションになる『ユニバーサルコンパウンド』です。タイヤの考え方は1周目からそれなりのグリップが出て、温まってきた2~3周目で最大のグリップを得るというものです。ですが、レースは50分で争われ、最大180~200kmは走行しますので、長距離走れるのも持ち味です」

――18インチのレーシングカーが多い中で、19インチは珍しいですね。

メイヤー氏「このイベントぐらいかもしれません。サイドハイトが低いので、レーシングタイヤとしての設計はチャレンジングでした。19インチの理由は、まずロードカーが19インチ以上を想定していること(日本仕様の標準は20インチ)。それにディスクが大きいローターを使用できることです。アマチュアクラスのドライバーもいますから、より安全に楽しむため、ブレーキ性能は重要なファクターとなっているんです」

メイヤー氏は現場でドライバーだけでなく、メカニック、テクニカルの関係者などから意見を聞いてまわり、マラネッロのフェラーリ本社スタッフを相談しながら、製品へフィードバックしているという。フェラーリ・チャレンジは世界各地のサーキットに対応するハイスペックが要求され、「全て上手くいかないと危険なクルマになってしまう」と、日々、安全と進化を探り続けている。

2011年1月、フェラーリのF1マシン(F60)が氷上でデモランを行なったことをご記憶だろうか? 当時F1用のスパイクタイヤを用意したのがメイヤー氏で、そういった何か特殊な時は必ず呼ばれるという。1953年生まれで今年62歳になるが、いかにも現場叩き上げという感じで(家庭も決して裕福ではなかったそう)、誰もが頼るイタリアの親分という雰囲気だ。記念撮影の時に自ら率先してディスプレーのタイヤを動かしていたのを見ると、きっと何でもできて、事実何でもやってしまうのだろう。分業が進む現代の仕事において、メイヤー氏のような存在は貴重だ。ピレリ・モータースポーツの父。原稿を書いていて、そんな言葉が浮かんできた。次は別のテーマでお話を伺いたい。

(文・平井大介|写真・塚原孝顕|取材協力・ピレリジャパン)

●ピレリ|日本
http://www.pirelli.co.jp/

  • テオドーロ・メイヤー氏。1953年7月29日、スイス・サンモリッツ生まれ。祖父と祖母がイタリア人となるが、スイス国籍を持つ。1993年にピレリ入社。モータースポーツを長年担当する。

  • 富士スピードウェイで開催されたフェラーリ・レーシング・デイズ会場にて撮影した、ピレリの関係スタッフ。

  • ピレリ専用となるピットで行なわれている作業の様子。交換、バランス取りなどが引っ切りなしに行なわれていた。(写真・ピレリ)

  • フェラーリ・チャレンジの表彰台にメイヤー氏の姿が。マーケティングやPRまで担当する同氏の動きは精力的だ。(写真・フェラーリジャパン)

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